介護施設内で最もよく起こる介護事故が転倒事故といえます。
介護施設内で転倒事故が起きた場合、介護事業者に損害賠償請求がなされることがありますが、どのように対応すればよいか解説していきます。
■安全配慮義務とは
まず、介護施設内で発生した転倒事故について、介護事業者は全ての責任を負うわけではありません。
介護事業者が損害賠償責任を負うのは、介護事業者に安全配慮義務違反が認められることが必要です。
安全配慮義務とは、介護事業者が、介護サービスを提供するに当たり、利用者の生命、身体、財産などの権利、利益を侵害しないよう、利用者の安全に配慮する義務のことをいいます。
介護事業者が、安全配慮義務に違反したかどうかについては、「予見可能性」「結果回避義務」という二つの観点から、判断がなされます。
予見可能性とは、利用者の転倒事故を事前に予見することが可能であったかどうかであり、結果回避義務とは、予見可能性を前提として、結果を回避するよう対策を講じたかどうかをいいます。
予見可能性については、転倒事故を具体的に予見できることが必要であり、介護サービスの利用履歴などから判断されます。
例えば、本人の状態、過去の転倒歴、転倒しやすい事故現場の状況などから、転倒の危険が具体的に認められれば、転倒事故について、予見可能性が認められます。
予見可能性を前提に、転倒を防止するための具体的な措置が取られていたかどうかといった結果回避義務違反の有無を検討することになります。
このように、安全配慮義務は、利用者の状態に応じて、具体的に判断されるという点がポイントなります。
■裁判例ではどのように判断されているか
介護事業者の安全配慮義務違反等について判断した裁判例は、以下のものがあります。
裁判例においても、利用者の状態に応じて、具体的に判断していることが分かると思います。
【介護事業者の責任を肯定した事例】
- デイサービスを受けていた利用者が、職員にトイレまで歩行介助を受けたが、職員の同行を拒否し、トイレの個室に一人で入ったため、トイレ内で転倒した事故について、利用者は、足腰の具合が悪く、数年前から転倒を繰り返していたこと、主治医から転倒に注意すべきと警告されていたことなどから、転倒の予見可能性があり、介護事業者は、利用者の転倒防止のため、歩行時において、安全の確保されている場合等特段の事情のない限りは、常に歩行介護をする義務を負っていたにもかかわらず、手すりのないトイレ内に利用者が1人で入ることを許容し、歩行介助する義務を怠ったなどとして、介護事業者の責任を肯定した(横浜地裁平成17年3月22日判決)。
- 老人デイサービス事業を利用していた利用者が、入浴介護を受けている際に転倒した事故について、利用者に挙動傾向があるにもかかわらず、利用者から目を離したことなどについて、注意義務違反を認め、介護事業者の責任を肯定した(青森地裁弘前支部平成24年12月5日判決)。
【介護事業者の責任を否定した事例】
- 介護付老人ホームに体験入居していた際に、利用者が自室から食堂へ移動する際に転倒した事故について、家族は、時間を要するが自立して行動できるとのアンケート用紙を提出していたこと、病院からも転倒の危険があるとの情報提供を受けていなかったことなどから、予見可能性がなく、原告主張の安全配慮義務は認められないとして、請求を棄却した事例(東京地方裁判所平成24年7月11日判決)
- 介護老人保健施設入居中に、利用者が自室ベッド横足元側で転倒した事故について、転倒は突発的に発生しうるもので、常時付き添う以外に回避することができず、結果回避可能性がないとして、安全配慮義務違反が認められないとして、介護事業者の責任を否定した(福岡高裁平成24年12月8日判決)。
■損害賠償請求がなされた場合の対応は
介護事業者が損害賠償責任を負うかどうかは、以上の枠組みで判断されますが、損害賠償請求があった場合、どのように対応すべきでしょうか。
介護事業者に対して損害賠償請求がなされる場合、すぐに訴訟となることは多くはなく、通常は、交渉により解決が図られます。
交渉によって、双方が合意した場合、和解契約書や示談書などを取り交わすことにより、解決が図られることになります。介護事業者側や利用者側に事実関係や責任の有無、損害額について大きな隔たりがない場合には、交渉による解決に至ることも少なくありません。
一方、事実関係や責任の有無、損害額について、隔たりがある場合には、交渉による解決が難しく、訴訟による解決を図ることになります。
訴訟が提起された場合には、裁判所では、証拠に基づく事実関係の確定や介護事業者の責任の有無、損害額などの判断がなされることになります。
転倒事故について損害賠償請求がなされる場合には、概ね以上のような経過を辿りますが、交渉による解決を行うにしろ、訴訟による解決を行うにしろ、介護事故に関する事実関係を確定するために、介護記録をはじめとした証拠が重要な役割を果たします。
そして、実際の損害賠償請求への対応には、修習した証拠からどのような事実が認定できるのか、介護事業者に安全配慮義務違反があるのか、損害額はどの程度なのかについて、訴訟となった場合の見通を立てることが重要です。
この見通しに従って、交渉や訴訟を行っていくことになるからです。
これらには専門的知見を要するため、法律の専門家である弁護士に早い段階で相談することが必要であり、早い段階で相談することで、介護事業者にとって、適正な解決が図られることになります。
中嶋法律事務所は、介護事業トラブルをめぐる様々なお悩みにお応えいたします。
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